最強格闘技図鑑 真伝 /Samurai Bushido Channel in Japan

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芦原英幸 ケンカ十段と呼ばれた男の真実

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芦原英幸(左)と巨人の星、あしたのジョーで有名な作家梶原一騎(右)ハワイにて


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ヒジ打ちを指導する芦原英幸氏

ケンカ十段と呼ばれた男がいた。その名を芦原英幸といい、元極真会館の四国支部長として極真会館の勢力拡大に貢献した人物である。その活躍の様子は、梶原一騎原作影丸穣也作画の「空手バカ一代」という劇画でも紹介され当時一大ブームを引き起こした。

極真会館は、大山倍達によって創始された団体であるが、この極真会館からは後に多くの有名な空手家が輩出される。そんな多くの有名空手家を生んだ極真会館でも一際輝いていたのが、芦原英幸という人物であった。

 

芦原の人気は、のちに師である大山より大きなものに成長していった。そのため大山は芦原が、極真会館を乗っ取ろうとしているのではないかという妄想まで抱くようになった。その妄想は、やがて芦原を永久除名という形で切り捨てる結果となる。

 

この時のことを芦原は回想して次のように語っていた。

「芦原は別に極真を辞めようとは思っていなかったよ。ただそれより前に行われた支部長会議の時に、ここはもういるべき場所ではないなという気はしたけんな。それでも

その時は、極真を離れようとはまだ考えていなかったんよ。高木が大山館長の命令で

来たりしただろ、それでもまだ辞めようとは考えていなかったけん。芦原は、純粋に空手をしたかっただけなんよ。それが、支部長連中は、空手のことより金のことばかりを

いいだしたんよ。芦原だけは、大金を儲けよるとかね。芦原は、四国に渡ってから人並み以上の苦労を重ねてるんよ。それが、みんなにはわからんけん。漫画に出ただけで、それがいつまでも続くもんじゃないけん。」

 

極真会館を永久除名になった芦原は、すぐに自流である「新国際空手道連盟 芦原會館」

を立ち上げる。芦原の弟子であった石井和義は、この少し前に芦原道場を退会し、自分の流派「正道館」を大阪で立ち上げる。この「正道館」がのちの「正道会館」になり、さらに前田日明との事業提携を経て「K-1」を生み出すのである。

 

石井が芦原道場を去った後は、実質中山猛夫(極真の第9回全日本大会で準優勝)が

関西本部を仕切るようになる。しかし、この中山もその数ヶ月後には、「芦原會館」を退会して「正道館」に移籍することになる。この中山が去った後、関西本部の責任者として抜擢されたのが松本英樹(現英武館館長)であった。松本は、もと自衛官でその身体能力の高さは、自衛隊内部でもトップクラスの成績であった。しかし、たまたま知った極真空手の魅力に取り憑かれ、その結果芦原會館の関西本部責任者を任せられる事に

なるのである。 

(ブログで使用している写真の著作は筆者にあります。)